葉隠流 宗家葉隠塾空手道葉隠塾

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葉 隠 塾  理念

『葉隠塾、一門会の趣旨』

昨今の空手界に見受けられる現象として、出自の定かでない団体が多く見受けられます。 伝統派を源とする流派は、比較的出自も特定出来るようですが、フルコンの団体は出自も伝統も軽視するところが多いと聞きます。 残念なことです。

かく云う自分自身の出自は沖縄の泊手を..
「 遠山 寛賢(とおやま かんけん、1888年9月24日 - 1966年11月)は、沖縄県出身の空手家。 昭和期を代表する空手家の一人。」遠山先生系の伝統的沖縄空手他伝統派を中心に学び、以後それを基礎に古くから極真会館創始者大山倍達総裁とのお付き合いから、氏の空手道に魅力を感じフルコンの研鑽を積んでまいりました。 残念なことに氏の死後、極真会館の組織は分裂を重ね当時の光りは陰を落としました。

確かに極真の名称はパブリックドメイン(利用自由権)になってはおりますが、大山総裁が後任として指名した方は現極真会館、松井館長一人であり、氏を無視してパブリックドメインとは少し無理があるように思います。 したがって、利用自由権を理由に極真を名乗られておられる方々は如何なものでしょうか。それには夫々が独自の根拠を持っておられるようですが、何かシックリと来ないのです。

そんな中、フルコンの諸流が更に乱れて見えるのは私だけでしょうか。言わば極真はフルコンの元祖、そこが分裂した今、フルコンの諸流が自覚し、私欲を捨てた伝統的一派を確立すべき時と一門への呼びかけを始めた次第です。
云うまでもなく、組織を確立するには管理を含めた諸経費が発生します。
従って何処の組織もその経費を捻出する収入源を必要となるのは申し上げるまでもありません。

葉隠塾と云う道場は葉隠一門、葉隠塾として独立しております。
一門としてのインフラ(以後収入源として、この表現を使わせて頂きます)は年会費及び昇級&昇段の認可料(ROYALTY=許諾印税)より捻出します。 会費は別紙料金表に記します。

昇級&昇段料も別紙料金表を参照下さい。
一門会加盟道場はその70%を自らの収入として確保し、30%を一門会本部に支払うこととする。

団体会費、(道場としての形態を整えている組織)
年会費二万円、入会金を¥10,000.—とします。

一門会の個人会員は入会金及び昇級料は葉隠塾本部道場生の料金と同じとします。 ただし、住まいの距離の関係上葉隠塾道場での練習に頻繁に出席出来ない方は、年会費を月謝とみなし、月謝は免除される。要するに月謝は年会費に含まれることなる。

権利とすると不定期で葉隠塾の練習参加と、DVDなどが作成された場合は実費でそれを取得することが出来ます。
葉隠塾の情報の提供を順次受けることが出来る。
また、昇進や昇段の審査を受けることが出来る。
規定の審査を合格すると、免状が交付される。

料金は道場生の料金と同じ。
以上が大まかな料金設定と会員の権利です。

塾長 成嶋弘毅

2012年10月





当塾で練習する技は空手です。
空手には大きく分けて、寸止めの伝統派、当てるフルコンタクト派とグローブを付けた新空手の3派があり、当流派の空手道は組み手において本当てを取り入れております。
空手とは武器を使わず素手で攻撃を受け反撃する技で、心身を常に健康な状態に保つ事が問われます。

武道の要素:ー忍耐、努力、精進。

以上の3要素は社会人としての条件とも言え、空手の修行を通して生き
方の主軸を見つけてもらえたら幸せです。

「五常の徳」
仁 ◎ ほどこしの心、優しさ。 
義 ◎ 義侠心、人助けの心。 
礼 ◎ 礼儀、礼節の心。 
知 ◎ 善悪と物事を見極める知性。 
信 ◎ 信頼。

最終的に求めて行くものはやはり人格の形成です。
武道とは、人間の生き方を見付ける道です。
強いて云うならば、教養の一部と考えます。
とにかく3年間(千日)耐えて、努力し続けてご覧になればきっと武道の
意味が理解出来るようになり、上に記す「五常の徳」も自然に身に付き、
武道の魅力を実感して行く事でしょう。
尚、当塾の基本精神は道場訓を参照して下さい。


葉隠流 宗家葉隠塾

空手道 葉隠塾






『拳客』への誘い

(理念)『葉隠』。

それは、武士が毎日「死」を覚悟した上で心と体を鍛え、自らを向上させていく人生知を説いた書物です。当塾は『葉隠』の精神を根底に置き、空手道を通じての人間形成を目指しています。

人間は心と体を鍛えずに成長すると、弱くなってしまいます。
特に少年期に心身を鍛えることは大切です。日々の鍛練が物事への集中力を高め、達成感となり自信を獲得します。また日常の変化に強くなり、 衝動的なエラーを防ぐことにもつながります。

つまり「空手道は、幸せな人生を送るためのトレーニング」と考えています。

当塾では、「礼」と「任=思いやり」を第一とします。
もちろん、空手を行う時は、闘争心が不可欠です。その心を尊重した上で、相手への思いやり、周囲の人々への敬意を覚えていくのです。
それは、日本人が本来持っている「大和心」とも言えるかもしれません。

武士には、剣を研ぎ澄ましておいても決して抜かないという美学がありました。空手における剣は、「拳」です。拳と心を磨き、それを内に秘めることで「人間の器」を大きくしていくのです。

この理念の元、当塾は日々活動しています。



*)拳客(けんかく)・・・拳の道を極め、礼を学ぶ人。




『吾が武道観と空手道への誘い』

私の武道観は、その技術に留まりません。今日より明日、明日より明後日と人間性や社会人として、礼儀作法の向上を含めた終着点のない求道です。

その主旨に賛同して下さる方々に空手道を教養の一環とし、人生の支えとなるように修業して欲しいと願います。昔、侍が腰に刀を差していた時代、剣を通し人間の道を学び、剣とともにその心を学問にもつなげ、それに命を賭け夢を託しました。

腰に刀のない今、剣の変わりに鍛え上げた『拳』を心の支えとして武士道を貫きたいと思います。

従って、道場は強健な体躯の人だけの場ではなく、極端な例を上げれば、様々な障害を抱え、その身体を労る傍ら、如何ほど心身を鍛える事が出来るか、それとも出来ないのかを模索し、積極的に授かった命の可能性を試す場ともしたいのです。

または、不測の怪我を心配する職業の方も、身体能力を高め、怪我や事故も顧みず選手として試合出場を目的とする塾生も、各々の身に合った修業を同じ空気を吸い、分かち合う道の場ともしたいのです。

強健な者以上に強靱な精神を持った虚弱な体質の人も存在します。
お互い拳銃を持ち、10メートルの間を保ち、相手に向かい引き金を引くのに強健、虚弱は関りありません。その強靱な胆力を練り上げるに最も相応しい方法が武道修業であると信じ、お誘い致しております。


葉隠塾 塾長成嶋弘毅


 

 

 
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