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『残日録』

◎好ましからぬ自覚を支える矜持

最近良く若い人に向かって“思い上がる”ことへの弊害を説いております。それは無意識に犯してしまう過ちであり自分自身にも心に持ってはならない観念として戒めておりました所、愚息から意外な忠告を受けたのです。最近親父が思い上がってはならないと若い人や弟子達に説いているのを見聞きして思う事がある。もしかしたら親父自身の力が衰えた為いっそうそのような観念が強く働いているように見える。俺はまだ人に思い上がらせないだけの自分の力を信じている。と言うのです。

最初は何を言っているのか意味が分からなかったのですが、よくよく聞けば武道の世界のみではなしに一般社会から会社組織においてもそれはうまい表現だと思ったのです。嘗て昔、若く力の満ち溢れていた頃は確かに自分に対し同等な者や目下の者が思い上がるはずはなく、上から目線は唯一自分の認める先輩であり上司や恩師に限られていると自覚していたものです。そうして見ると愚息の意見もまんざら間違いでもないのです。衰えたと云う印象も否めないとも自覚します。思い返して見ますと昔初めてお勤めに出た当時のことです:−
上司から”成嶋君、昼休みにこのビンを売店に返して金をもらって来てくれ。”といいつかり、”はい。判りました。行って来ます。所でそのビンを返すといくら返してもらえるのですか。”それを聞きその額を上司に渡し、その場でビンを屑篭に捨てたのを思い出します。もしそれを今の自分がやられたらどう感じるでしょうか。

それに連れて思い出すのは”人生たった一度。真面目ぶってつまらない生き方をしてどうする”の不遜を表看板に戦後の昭和を風のように吹き抜けた漢がいました。その人の名は力道山。最大の後援者でも理解者でもあった新田新作氏のアドバイスをも無視して敵を増やし、衰えを知らぬうちに39歳にして一命を落として逝った英雄です。講道館の奇才、柔道の鬼と唱われた木村政彦との試合に彼に花を持たせるよう新田氏からの指示があったのにも関わらず無視。徹底的に相手を打ちのめしてしまったのです。新田氏の言葉に”立派なサムライであれば刀を捨てても誰も笑う者はない。”お前が負けても誰も笑わない。それよりプロレスを独り占めするな。“負けて分かち合え”の戒めだったのです。たった一度の人生を我が信ずる道を一直線に生き抜き衰えを迎える前に終わったのも力道山の本望であったでしょう。歴史に残る英雄に違いありません。因に僕の口癖に“We only live once”
人生は一度っ切りがあります。葉隠れの中の“人間一生誠に僅かな事なり”に繋がります。

不遜な若者の時代を経て、力道山には遠く及ばないまでも僕も空手に限らず社会でも先輩と言えど認められない相手であれば挑みかかった日々も頭に浮かびます。礼儀正しく行動すれば全て無礼にはならないと言う今思えば思い上がりであったかも知れません。今ここに至って己の衰えを実感しながらも矜持まで萎えてはおらず、それが自分の支えになっているように思えます。自然の理である”必衰”を意識しながらも一皮剥けば幾つになろうと武道家の自分が出てくるようでありたいと思っています。漢を磨くのに歳も定年もないのです。

 

2010年3月12日

一風



 
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