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『 道を志す者の迷いとは、、、。 』

古の昔から学問や工業技術以外の修得を志す者に迷いは付き物です。ただし、これは武術や格闘技に限ったことではありません。芸術一般=音楽、芸能(踊りや芸事を含む広い範囲)、文学などの分野にも及びます。何故ならば学問や工業技術に比べ一般的には不要なものと云う観念が強いからです。実際不要なのでしょうか。そうではありません。所謂一流にならない限り”潰しが効かない”と思われているからです。従ってそれらを目指す事は大変な覚悟がいるのです。音楽家や芸術家は名の出る人はごくわずかである事は確かですが、それらは社会生活に必要なものでもあります。スポーツも武術も同じです。そう言うものを志す者の前に立ちはだかるのは『そんな事を続けて将来ものにならなかったらどうする』とか、『そんな事以上に必要なことが他にあるだろう』は常に付きまとい心の弱くなった時に入り込んで来て迷いを誘うものです。人間は所詮弱い者、常識的な考えには逆らえない本能的な心もそれを増長させます。医学を志す者へそんなことを志してどうなる。などと云う人間はいません。しかしそう言う常識ばかりがまかり通ればどうなるでしょう。つまらない社会が出来上がってしまいます。遊び(ゆとり)がないからです。遊び心もゆとりも日本の良心なのです。落語、講談、浪花節などは落ち着いて聞きますと中々文化的でもあり、十分に芸術と認められます。歌舞伎も同様です。日本の伝統芸能であり正に文化なのです。伝統文化を守るものは一般的評価で必要とされるものばかりとは限りません。ただ、成功しない限りなかなか認められないと云うだけです。

実は11月29日の内藤対亀田選手のタイトルマッチを見に行きました。そこで感じた事があります。チャンプの内藤選手は別として亀田選手が迷わずあそこまで漕ぎ着けたのは偏に一貫不惑の心があったからではないでしょうか。身から出た錆とは云えあのバッシングに迷いが生じなかった筈はありません。そこは親兄弟の絆と云って終えばそれまでですが、エネルギーを吸入し、それを最大限度に圧縮し爆発させるには圧縮での段階で迷いが生じれば気が抜けてしまう筈です。そこが亀田兄弟の凄いところです。正に一つを貫き迷いなしなのです。

事ほど左様に道を極める為には迷いがあっては成りません。自分の能力を信じ、それに頼れる程の不惑の努力があってこそ為せるのです。それは今貴方が志す道の先にあることを知って欲しいのです。尚、僕の好きな英語の格言を紹介します。英語で首を突き出すと云う表現は危険を犯すと云う意味で、それに掛けて『亀さんは首を突き出さなければ前進できない』と云っています。危険を犯す先に成功が待っていると云うことです。

2009年12月4日



 
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