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『他生の縁』

縁と言うのは本当に不思議なものです。あまり会わない方に滅多に訪れないような所で偶然に出会うと言う経験をした方はおられる筈です。
それに今まで何の関わりもない人なのに一日に数回場所をかえ見かけることもあります。そんな時なにか相手に声をかけたくなる衝動にかられた事はありませんか。相手も同様に反応する時など本当に話し掛けてしまいます。
単なる偶然であっても、まったくこれは何かの巡り合わせかと思うからです。それが縁なのでしょう。

更に不思議な感じは、まだお付き合いも深くないのにどうした訳か親しみを覚え、好感を抱く時です。また、その逆に嫌な思いも、悪意を感じるまでの経験のない方なのに理由もなく好きになれない時もあります。過去において嫌悪感さえ覚える相手に出会ったこともありました。
そんな時に思いだすのは『袖すりあうも他生の縁』と言う言葉です。
吾々の多くはそれを“袖すりあうも多少の縁”と覚え込んではいないでしょうか。“袖が触れ合うのも多かれ少なかれ縁があるから”と言う解釈ですが、本来の他生とは意味も違うのです。それは“輪廻転生”人は生まれては死んでまた生まれ変わるのだと言う生と死を繰り返す思想から来たものです。
従って現世(今生)に生まれる前世を“他生”と言うのだそうです。縁と言うのは前世での“因縁”と受け止める考えがあるのです。信じるか信じないかは人各々ですが理由なく、出会いによっては特別な感情に襲われる時、それを感ぜずにはいられません。従って何れの出合いも僕は疎かにしない事を心掛けております。

しかし、本能的に相手に仇なす(敵対し害を及ぼす危険)予感を感じた時には一応近かずき理解を試みますが、それでも予感が消えない場合は遠うざかるようにしています。またその逆の場合は心を開き近かずいております。
武術に永く携わると確かに危険を察知する能力は研ぎ澄まされてくることは確かなようです。それに従い危険を回避する確立も上がるのでしょう。この感覚は仕事にも大いに役立てております。

ことによると予感自体根拠があるものかも知れませんが、ただ証明出来ないだけではないでしょうか。思い当たることが多々あります。不思議な事です。

決して仇疎かにしてはならない“縁”です。

 

 


2009年2月20日



 
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