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『独立自尊』

皆様に上の言葉の意味を伺えば当然バカにするな。そんなことは百も承知。
とお答でしょう。しかし、あえてその意味を今一度聞いて頂きたいのです。
“他からの助けを受けず、まったくの自力で実行し自分の誇りと品位を保つ”。と言うことです。単なる独立心や自尊心ではないのです。正に武術を修行する者は自然(じねん)の内にそれを実行しているはずです。
修行における基本技の反復、型の正確さ、組手の攻防において知らぬ内に誰からの助けも受けず努力を重ねることこそ自己の品格を守る為の行為ではないでしょうか。社会に出ても、また学び舎においても“独立自尊”の心に支えられていることを吾々は知るべきです。

“孤高”と言う言葉があります。気高い精神を象徴したものですが孤独感を痛烈に感じさせる言葉でもあります。個人でも、また仲間うちでも、又は組織においても各々が“独立自尊”の心を持つことは絶対条件と僕は信じております。しかしそれは経験を重ね、ことが図に当たりどんどん増長し孤立して行くことであってはなりません。栄枯盛衰は世のならい、個人も組織も必ず衰えを見せる時が来ます。その時こそ分を弁え汚なまれず、自己の誇りを守り抜く。それこそ本来の“孤高”の姿ではないでしょうか。

千利休の弟子宗二が秀吉を蔑み逆らい、自分を律し諳んじた和歌で:-

  汚さじと思う法度のともすれば
   世渡るはしと なるぞかなしき

                   詠み人:慈鎮和尚

◎身を汚さず、自らの道を追求しながらも、いつのまにか世渡りがうまくなっている自分が悲しい。という意味で、秀吉に対する宗二の自尊心なのですが、結局宗二は秀吉に討たれてしまいます。故に“独立自尊”が如何に難しいかを告げる孤高でもあり淋しい理念なのです。


2009年1月30日



 
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