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『武士道とは』

武士道が日本国民に迷惑をかけたとしたら、
先の大東和戦争が最期だったのではないでしょうか。
ではなぜ、武士道は戦いの時に利用されるのか。
それは戦いや、勝敗を決する時に必要なものが内臓されているからです。

武士道とはまさにサムライの道です。
サムライは主君に仕えお国を守ることが代一義でした。
それが全てだったと云えましょう。

武士道の根幹は『義』と『仁』に寄って成り立っています。

義とは目的全般を指します。上に挙げました
「主君に仕えお国を守ることが代一義」それです。
その為に先ず行われるのが「専制」。
権力に寄って為すべき事を為す正義ですが、
それは権力者の側から見た正義です。
人間は都合の良いもので、自分が権力者側であれば、
それは正義ですが、端からはそうは見えない時もあります。

さらにその為すべき正義を実行に移すには、
もっとも恐ろしい「生殺与奪」が行使される事です。
生殺与奪とは書いて字の通りです。

戦争が始まった。勝たねばならない。それには兵がいる。国民から兵を募る。
日本国民であれば、国を守って死んで当たり前。国の善意で国民は一家を構え、
生活を営むことが出来るのだから、必要な時にはそれを捨て死ぬのが正義。
それが生殺与奪なのです。生かし、殺し、与えて奪う。それです。

「専制」「生殺与奪」が武士道が生んだ実行力の”核”となったのです。
第一次世界大戦の折に、与謝野晶子さんが、『ああ弟よ』と云う反戦の詩を発表しました。

皆様も「君死にたもうことなかれ」と云うフレーズは聞かれたことがあると思います。

与謝野晶子さんの時代はサムライや士族がまだ横行していた時代でもあり、
与謝野晶子は商人の子が戦で死ぬ事はない。
商人は商人らしく生きるべきだと主張したのです。
職業軍人だけが戦い、後は戦い以外で国を守れば良い。
それは確かで、勇気ある発言だと思います。

だけど、国はそれを許しませんでした。

第二次世界大戦の時もそうでした。
結局国家が採ったのは専制であり、生殺与奪の権限だったのです。
そこら辺りから武士道に対する庶民の目は冷たく冷えて行ったのです。

同時に親戚関係にある愛国心も忌み嫌われて行きました。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの諺通り、日章旗も、君が代も肩身が狭くなりました。

戦いの時には都合が悪いので追い出される武士道の徳目があります。

それが「仁」なのです。

戦いや目的達成のみに役立たせる武士道は仁を失った不具な思想に過ぎません。

現在(災害後の)人々が目を向けてくれる武士道は
仁が先で義が支えになっている本来の武士道だと僕は思っています。

次回はもう少し仁とは何かをお伝えしたいと思っております。

 



2011年4月28日

葉隠塾 塾長成嶋弘毅

 

 
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