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『礼儀作法の効用』

僕が十代の不良少年時代、それを容認していた母から絶えず諭されたことがあります。それはどんな時も態度、言葉、礼儀を逸してはならないと云うものでした。特に身だしなみには絶えず注意を受けました。お洒落は良し。但し下品なお洒落は崩れた印象を与えるとし、何時も行かされる店は親の指定した処であり、そこのごオーナーでありディザイナーのマダムが決めたものを仕立ててもらい着用していました。当時(50年代後半60年代の前半)は吊るし(既製品)の洋服のデザインは当たり前すぎ、種類も柄も限られていました。そんな中、好みを求めるならばテーラーメードしかなかったのです。中学生の頃から地元以外に出掛ける時はスーツ、ジャッケット、換えズボンを着用しなければならず堅苦しさと気恥ずかしさもあり何度も親に逆らいましたが全く親は聞く耳を持ちませんでした。しかし、それが後に大変効を奏したのです。16歳ころにはもうタバコを吸っていて、仲間の連中もほとんどがポケットにマッチ(その頃は今のようなライターはない)とタバコは入れて歩いていたのです。不良少年の必需品です。街を少年がくわえ煙草で歩けば警官も見逃すはずもなく、良く補導されることもありましたが、服装、態度、言葉遣いからの印象からでしょうか一度も僕は身体検査も詰問も受けた覚えがありませんでした。おかしな話ですが、それは喧嘩の時も変わらなかったのです。相手が拍子抜けするほど行儀良く喧嘩をし、殴る蹴るにも下品な言葉は一切はきませんでした。多分相手の多くは僕を本当の不良少年とは思っていなかったかも知れません。そして素人相手に暴力を振るっているような罪悪感さえ感じていたのではないかと思います。そのわりには相手にとってさほど楽な対戦相手ではなかた筈です。何しろ負けを受け入れられない教えが身に付いていましたから。決着がついた時には勝ち負けに関わらず更に相手への言葉遣いには注意を払いました。そんな事が重なりいつしか慕ってくる仲間も増え地元から渋谷、新宿辺りでは楽しく不良活動が出来ました。喧嘩も滅多に自分でやる機会はなく、代わりにだれかがやってくれていたように覚えています。今考えるとこれももしかしたら母親の作戦であったのかと思えなくもありませんでした。されど一人っ子のひ弱と思われたくないあまり武術の鍛錬にはいっそう励みました。備えあれば憂いなしです。空手に留まらず柔道も警察の道場に友達のつてで少し通いました。顔なじみになった警察官が時々、“君の友達は関心しない。付き合うべきではない。”などと云ってくれることは良いのですが、その都度仲間へ申し訳なく感じました。結局やっていることは同じなのですから。単に印象だけのことです。いかに礼儀作法が人を守るかの判り易い例です。現在は歳のせいか言葉は悪くなりましたが、それも意識的に江戸弁です。僕に取って江戸弁は下品な言葉と云う意識はありません。気さくであり、情の深い言葉と思っています。それを説明するならば鬼平犯科帳の鬼平さんの言葉遣いや勝海舟のそれを連想して下さい。下品でしょうか。以上も武士道の一環と思っております。

 

 

2010年10月13日

一風

 

 
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