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『筋目とは』

人はそれぞれ生きる糧を得る為に働らかねばなりません。それは好き嫌いを超えた厳しい義務でもありながら考えようによっては選択出来る事だと思うのです。僕が今までに何をやって来たかを振り返りますと、やはり簡単に言えば“好き”なことを選びながら来ました。親から受けた影響が強かったことは確かで中学生になった辺りから学校も自分の好き嫌いで選び、したいようにして来たのです。勿論その間親の干渉を受けなかった筈はないのです。反対された時には説得に励み、意見が決裂した場合には自分のリスクで押し通して来ました。何故ならばそれが僕が親から受けた影響だったからだと思います。
少年時代、親は僕の友達が如何に悪い子であってもその子を否定したり、また優等生であったとしても誉めることもあえてしませんでした。
困った事と言えば古くから家にいてくれた人(当時は女中、現代ではお手伝いさん)が友達を差別することでした。それに付いて母親に『あの人は僕の友達を差別するのでそれを止めさせてくれないか』と訴えますと『力で止めても人の心は従いません。なぜ差別するのかを良く聞き、貴方も友達を差別されたくない理由を話し、説得しなさい。』そんな事を繰り返し成長して行く中で色々と教えられて行きました。勉強も押し付けられたことはありません。ただ目の前にその魅力を見せる資料を提供してくれるだけでした。勿論捨てるものも拾うものも中にはありましたが、その前に拾いたくなる要素を植え付けられていたようにも感じます。それだけを聞き判断すれば非常に話の判る親と印象されることでしょうが“然に非ず”(さにあらず=そうではない)無軌道のように見えるその家庭教育も軌道を逸するとその修正はかなり手痛いものでした。中学も最終学年に達した頃です。『話があるので部屋に来なさい』と言われ、当然普段の様子と違う事に気付いてはいましたが行かない訳にもゆかず行きますと、正座をし、姿勢を正した母がおりました。座るように促され正座をし、話を聞きました。すると、父が亡くなった後、男子として出来る限り自由に大らかに僕を育てる事を主軸に教育して来たが、残念にも自由と我がまま勝手を取り違え、それを増長させ育ててしまった自分(母親)の責任を取る時が来たようだ。と言うのです。家の跡取りとして育てるべき男子をこのようにしてしまった自分を悔いる心中を聞かされました。そこでおもむろに隠し持っていた懐剣を膝に置き言いました。
『私も間違っていたが貴方の行動をこれ以上認められない。預かった父親に対し申し訳なく、お詫びをするので一緒に死にましょう。』と言うなり懐剣の鞘をはらい膝を立て僕の胸に向けたのです。殺される!僕は本当に思いました。正座をしたまま頭を深く下げ自分の非を認め決して今後両親の恥になるような行動は一切しませんと誓ってしまったのです。本当に真剣でした。母が果たして本気であったかどうかは今となっては確認のしようもありませんが、もし、“やれるならやって見ろと”僕が言えば躊躇なく胸を刺して来ただろうと思っています。

何でも認めよう。好きにさせよう。但し子として跡取りとして恥じない生き方をして欲しい親の思いがその白刃を通して息子の心に深く刺さったのです。
それも今は忘れられない好い思い出となって居ます。

親の愛は事によっては子殺しも決意させ、子もそれを受け止め生きる覚悟を授かるのではないでしょうか。その後も僕の自由奔放は続きましたが本筋を外した覚えはないと思っています。19歳の時、独断で留学を決め、又思いつきで帰国したりと、全て親がかりと思われながらも学問も職業もほとんどが自分の判断で行いました。その間親に依存し寄生虫のような生活も経験しております。一口では言い表せない人生ですが、自信を持って言えることは一つ、嫌な事は何であろうが否定し、受け入れずにやって来たことと筋目を通すことでした。

 

塾長 成嶋弘毅 
2009年5月15日 





 
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