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『武士道と日本人気質』

日本は正確に言うならばアメリカ同様、植民地は持ちませんでした。但し、実質的には中国で満州国と言う国作りに深く関わり、当時のことをさほど知らない僕にまで台湾にもかなりの影響を与え、植民地化と変わりのない干渉をしたような印象を持たせます。韓国に対しても同様の印象を否めません。
ことほど左様に日本の外交には馬鹿馬鹿しい歴史があるのです。

それらの国々において鉄道を敷き、電気.電信.電話などのもとも提供しておきながら敗戦後は一切の感謝もされず、それどころかそれらの国々からは誹りだけを受けることとなり、50年を優に越える今日に至るもいまだに非難の声は絶えません。それが何であるかは言うまでもありませんが、日本人は勢いのある時は良しとしても衰えた時に乗ぜられる脆さもあるのです。その後始末さえ上手には出来ないのも日本人です。戦争は非情なもの。敵も味方も人が人であっては生き抜けない状態に陥るのが常ですが、特に負け戦は全ての責任がのしかかって来るものです。戦勝国アメリカは日本を徹底的にたたみながらも感謝すらされたではありませんか。その点でも日本は大敗です。

ヨーロッパでは戦後ヒトラーのナチス.ドイツは当然その責任を背負うことと成りました。でもドイツ自体はさほどひどい風当たりなく、現在も大きな怨みは残しておりません。ヒトラーのナチス.ドイツが背負って消滅したからでしょう
か。日本に比べ戦後処理が上手であったのかどうかは深く学んだことがありませんので判りません。そのうち機会を見付け研究して見たいと思っております。

大平洋戦争の口火を切ったのは日本であり、国力が10倍以上の強国に挑んだ愚かな国家と自国の国民からさえ非難されたほどです。正に四面楚歌です。
山本五十六元帥は開戦反対論者でありながら開戦時の最高指令長官でもあったのが皮肉です。パール.ハーバーの奇襲成功に湧いた国民を見て“今に同じ国民が私に向かって石を投げることになる”と言明したとも聞きます。当時日本の属国と双方ともに認め合った国々も敗戦後は態度をひるがえしましたが、勝てば官軍負ければ賊軍。日本のその潔さからすれば属国に責任を負わせるような無体を晒すならばその誹りは一身に受けることに甘んずる。武士道で計るとその心が日本に無かったとは言切れません。そのお陰で戦後今日に至るも、日本は近隣諸国から責め続けられているとも言えます。言い訳下手な民族なのです。
正当化は武士道に反するからでしょう。

説明させて頂きます通り、武士道にはある危うさが遠い昔から内蔵されているのです。それはその気高さを強く誇るが故に起る矜持です。矜持を持って何が悪いか。ですがサムライが持ち日本人が感じる矜持の中に潜む悪魔がいつも騒ぎ、問題をおこします。その実体とは、他を寄せ付けない大高慢(自分が優れていると信じ他をあなどる)それなのです。
新渡戸稲造の武士道にも紹介されたお話ですが、あるサムライが歩いていると、町人が“おサムライさま、片にノミがたかっております”と親切に教えると、そのサムライはものも言わず刀を抜きその町人を一刀の下に切り捨てたのです。
理由はサムライと言う高い位の人間に、事もあろうに犬畜生と同じノミがたかっているなど無礼千万。と言うものです。気高い筈の誇りがそれこそ畜生にも劣る行為に及んでしまう例なのです。このように個人的であればまだしも、
国対国の国際問題では通用するはずもない理解されない反応です。
古い昔の思想など現代人には残っていないと思いながらも、今もなおサラリーマンを含む企業人の中にそれを受け継いでいる性を残念ながら時折見受けます。
我らは企業戦士である。利益を追求し組織を育てる。その為には滅私し、家族をも顧みず任務に没頭する。と言う信条です。それ故につい排他的になり、自分の持つ価値観のみを認め行動します。それが功を奏すると増々増長し、自尊心は矜持を超え思い上がって行くのです。これぞ正に古き悪しき武士道の最も危うい短所であることに気付く人間がどれほどいるでしょう。今の若者が受けた教育は当然昔のものとは違います。悪い表現をすれば自分を軸にした西洋人並みの個人主義を植え付けられながらも小説やドラマ、日本特有なものの本などから部分的に武将の戦略法などをつまみ取り、勇ましい生きざまを頭に描き、自分を鼓舞し頑張っているのです。悪いことでは決してないのです。しかし、それこそが日本の足をすくい、前進を阻んで来た根源であることも知って欲しいのです。
時のヒーロー、かのホリエモンが進駐軍と言う見出しで叩かれたことがあります。戦勝国の(買収、吸収の勝ち組)“奢り昂り”を評した言葉なのですが、それであれば表現を変えねばなりません。戦後、日本へ進駐して来たアメリカ軍に戦勝国の“奢り昂り”など微塵も感じさせないものがありました。それどころか当時の日本にとって救世主として受け入れられたほどです。南方で玉砕した日本兵、本土近くの沖縄や硫黄島の無惨な玉砕。それも軍人軍属であれば別ですが、広島長崎への原爆投下、東京大空襲での一般人の大量殺害等々とアメリカ軍への怨みや嫌悪感は日本中に溢れていたはずなのです。だがしかし、一旦アメリカ軍が上陸するとその印象が一気にくつがえされました。GIの一兵卒にいたる迄、実に紳士的であり、これがあのような無惨な戦いをしたのと同じ国民とは信じられないほどでした。
敗戦国が戦勝国の進駐を受ける心は想像に難くありません。いかなる蹂躙も理不尽も覚悟しながらも不安で迎える心です。それを見越しての進行戦略をすでにアメリカでは考えていたのでしょう。子供であった僕は町角に立ち楽器を奏でながら物乞いをする旧日本の傷痍軍人(傷付き手足を失った兵士)を見て残酷にも醜いと感じたものです。それに引き換え颯爽と闊歩する米兵はカッコ良く映りました。当時のアメリカ人は政策が上手であったばかりではなく真面目で良い人間であったように思えます。しかし、アメリカに戦勝国のノーブレス.オブリージュがあったかどうかは計り知れないところです。

話しは少しずれてしまいましたが、武士道から来る日本人の誇りと自尊心を超えた大高慢(自分が優れていると信じ他をあなどる)。それこそが武士道の
パワーであると同時に拭い切れない最も恥ずべき思い上がった感情なのです。
現代の若者は武士道本来の思想も知らず、その勇ましさだけに無意識に着目し、飛んで火に入る夏の虫になってしまうのです。
特に、企業に携わる若者は日本本来の大和心や風土を無視してはなりません。それではアメリカの進駐軍にもかなわないことになります。

僕が今回この原稿のタイトルを『武士道と日本人気質』としましたのは、武士道の持つ大高慢の心を改めない限り、昨今流行りの企業の合併や買収を全う出来るはずはないと思っています。多くの実業家とお話させて頂く中、残念ながらかなり進歩的な方もこの気質まで捨て切れてはいないのです。矛盾して聞こえるかも知れませんが本来の武士道の精神を重んずる方ならば今の時代での合併や買収も勝者の大高慢を抑え、全う出来る筈と信じる所です。

何れにしろ、どの点でも武士道本来の意味をもっと研鑽する必要性を感じます。
やはり武士道.大和心こそ日本が永らく育んで来た良心と思いたいのです。
日本の料理に昔から“和え物”と言うのがあります。これぞ正しく和えて
各々の食材の良さを活かしたものではないでしょうか。

いま、さらに僕は武士道の退化を受け入れず、進化を模索して行くつもりでおります。


2009年正月  塾長 成嶋弘毅 




 
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