葉隠流 宗家葉隠塾空手道葉隠塾

葉隠塾 道場案内
  道場訓
理念
歴史
選手紹介
動画
練習、スケジュール、料金
Joining Our KARATE school
お知らせと広報
塾長紹介
  塾長紹介
武士道
出版本
コラム
空手道教範と思想
一門会
  一門会

『やむにやまれぬ大和魂』

かくすれば かくなることと知りつつも やむにやまれぬ大和魂
吉田松陰

これは吉田松陰が詠った有名なものです。止むに止まれぬ思いは他人に理解され難い感情です。色々な誹り『そしり』を受けるものでもあります。同じ類いの諺に ”飛んで火に入る夏の虫“と云う言葉がありますが、一般的に理解されております解釈は、自ら罠に陥る『おちいる=はまる』愚か者。と思われておりますけれど(火を見ると身を焦がすことと知りつつ飛び込んでしまう性)『さが=習性』と僕は感じ、理解しています。

”やむにやまれぬ大和魂”とは潔さを強調する場合に使われておりますが、止めようのない性は潔いとも思えません。悪くすれば”飛んで火に入る夏の虫”になってしまいそうです。果たして大和魂とは何なのでしょう。日本人の心にしては少し激し過ぎるように感じます。”和”の心とは決して激しいものではないのです。他の東洋人と比べて見ても決して体格的にも勝っているようにも思えませんが、その日本人がアジアで初めて列強『欧米の大国』に挑みかかり、戦った事実は決して穏やかで儀礼的なばかりの民族でないことを物語っています。複雑怪奇な国民性を持っているのです。

ここに一つ興味深い言葉があります。ある古い映画で使われた台詞ですが (人間てエ〜モンは好きなものを辛抱『芯棒、心棒、軸』にして生きて行くんだ)と云うものです。僕はこの日本が大好きです。そしてそこに誇れる部分を見い出します。武士道もその一つで、好きな事を基本に足下を掘り下げて行く内に色々なものが見えて来るのです。先ず、子供時代に武士道の精神に憧れ、その精神を支える為と考えたのでしょうか、空手道を中心に日本の伝統的武術に手を染め、自分自身を肉体的に鎧うこともやって来ました。そこで更に伝統を掘り下げて行けば行く程に感じ始めたことは、全て日本に関わることは良くも悪くもその歴史を外して語ることは出来ないと云う事実です。そうしてそれらがいつの間にか僕の芯棒になっているのです。

思いを巡らせると、現在の日本で愛国者を“宣言”することはひょっとすると社会人としてある種のリスクさえ伴うような感さえあります。何故でしょう。自分の国を堂々と愛することに誰はばかることがあるでしょうか。太平洋戦争に負けたからですか。ならば、例え敗戦国とは言え国民が愛国心まで捨てなければならない責任があるのでしょうか。ことさら愛国心を唱える必要もありませんが、誇りを捨てる必要もなおさらない筈です。然し乍ら日本には敗戦とともに植え付けられた癒し難い偏見が残っています。愛国者イコール国粋主義者であり右翼。イコールファシズム。合理的な思想体系を持たず、もっぱら感情に訴え乱暴な国粋的思想を唱えると云う印象をもたれるのです。また逆に少し理屈っぽく体制を批判でもすれば左翼と云う呼び方でかたずけられて終います。僕が小学5〜6年生のころ、永らく兵士として中国に行っておりました叔父『当時30代の後半』と大平洋戦争=大東亜戦争の意義や天皇制に付いて語った事がありました。叔父は日本軍の最盛期から中国の前線で戦い続け、戦後抑留もされずに無事復員して来た人間です。なのに反戦論者でありアンチ天皇制だったのです。良く戦争で親兄弟やご主人を失った遺族の方々が反戦論を称えられる気持は全く理解出来ますが、国の為、命懸けで戦い抜いた人が本気で国のやりかたを批判し、天皇をさえ否定する意識は理解出来ませんでした。10才そこそこの子供で理論武装などない甥『僕自身』が国と天皇を肯定し、叔父の考えに抗議し大人の叔父を本気で怒らせてしまった覚えがあります。その事を聞いた母は笑って僕を否定せず、“好きなことを通せば良いでしょう。”と云ってくれた事を思い出します。その頃の僕には当然愛国心も天皇への崇拝も在ったとは思えません。単に国を愛する一ファンであったように思います。それも云い変えれば軍国少年となるのでしょうか。いまもなお国の象徴である天皇に対しては哲学的思想は抜きにしてファンです。だからいくら好きでも王政復古にまでは考えが及ばないのでしょう。如何に愛国者でも天皇崇拝者と云う点では好きな三島由紀夫氏とも、そのまた昔の吉田松陰さんとも違うのだろうと思いますが、愛国者と云う点では何ら変わりはないはずです。

先日ビデオ屋に行きますと少し前に話題になった”靖国”のビデオが貸し出しされていましたので観賞しました。見終わった感想としては特になく、ただ残念なことには日本側からのこだわりが見受けられなかったことです。その中で大和心の”光”が一筋見えましたのでそれをお伝えします。

『靖国』のビデオで一人の刀匠が紹介されておりました。その方は今90才を越えるお歳の方です。いまだに靖国で日本刀を鍛えておられます。作刀の過程を映像に撮りながら、日本語があまり巧ではないインタビューアーがその刀匠に色々と靖国神社のあり方や戦争に関する質問を繰り返すのです。刀匠はその質問には答えず、されど抗わず終始笑顔で時たまインタビューアーの執拗さに当惑しながらもノーコメントを貫き通したのです。そして最期に詩を吟じて終わるのですが、その吟じた詩から刀匠が如何に国を愛しているかが伺い知る事が出来ました。例えば巨人軍の熱狂的ファンであっても阪神軍のホームタウンで巨人を誉めるようなコメントは一切なく、ただひたすら武士の魂である日本刀を鍛え続け、大好きな日本と天皇を密かに胸に秘め、詩を吟じるその刀匠こそ古き良き日本人。と感じました。僕はそれこそ“大和魂”と呼びたく思います。

余談になりますが、昭和天皇に関する逸話『世間に知られていない興味深いお話し』があります。それは当時日本がアメリカの占領下にあった頃、戦勝国将軍として厚木に上陸したマックアーサー元帥が人に伝えた昭和天皇のお話です。将軍が上陸すると同時に昭和天皇の訪問を受けたと云います。その時将軍は天皇がご自分の命乞い『助命のお願い』に見えたものと思い、その会見に臨んだ時のことだそうです。たいへん昭和天皇に対して不敬とはわきまえつつ昔読み、記憶した通りを書きますと、天皇はあの小柄な身体に精一杯の胆力を込め、戦勝国の将軍に対し“今回の戦争の責任は全て天皇である自分に在り。従って戦に従事した者達には一切責任はない。”と毅然として将軍に告げたと云います。その心を受けた将軍が何かを感じ、その事実を言い残したのでしょう。この世に間違いをしない国も人間もいないのです。国民は天皇と国を愛し、天皇もまたご自身以上に国と国民を愛したのでしょう。あれから60余年、昭和の天皇も既に崩御され、人心も変わり国も変わって行きました。日本も誇れるものばかりでは在りません。が、しかし、忘れてはならない歴史は胸におきつつ、兵士として戦で母国の礎『=いしずえ』となって逝った英霊の為にも“正しい母国への愛と誇り”を恥じることなく持ち続けて行くことこそ“真の御供養”ではないかと信じて止みません。

2008年10月末  塾長 成嶋弘毅 




 
(C)Copyright yoin-juku All rights reserved.
葉隠流 宗家葉隠塾  空手道 葉隠塾