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写真提供: Rumiko T. Cearley




『塾長の自慢話 自分と家族編』

自慢とは自分が意図せずに話した話題が自慢になっていることがありますが、この話しは最初から最期までの全てが自慢話しなのだと思ってお読み頂かねばなりません。

僕は現在アニメ映画を製作する竜の子プロダクションの社長をいたしております。その傍らご存じの通り空手道葉隠塾を主催し塾長もやっております。

ライフ.スタイルをお話しますと朝は8時半に家を出、国分寺にある会社には9時少し前に到着します。そこで職務を消化し、何もなければ6時半には上がり帰宅します。帰宅即夕食を採り7時半には道場に立ち指導と共に自分の練習も開始します。定時の9時には基本的に練習は終わりますが、務めの都合上遅く出席した者の指導を自主トレの基礎体力のトレーニングに合わせ行い10時半頃まで付き合うこともしばしばです。道場を後にし、入浴を済ませ、一刻を読書に費やし眠りにつきます。それを月曜日から金曜日までの毎日繰り替し行っております。会社での労働は確かに肉体的には負担のあるものではありません。ストレスからか胃酸が多く分泌され胃に大きな負担がかかることは確かですが、そのダメージを受けた胃を抱き帰宅し早飯を済ませ道場に立ちますと、摩訶不思議、不快感はアッと言う間に消え失せ発汗による爽快感に変わるではありませんか。僕は道場を持ってからそれを何と35年以上も続けているのです。当然それ以前にも若き日の修行時代がビジネスにも空手道にもありました。

このホームページは葉隠塾のものなので話題も主に空手に絞らせて頂きます。僕はこの暮れ(08年11月)に66才になります。されど空手の鍛練におきましてはいまだ滅多に人に引けをとるものではありません。基本.形.組手と若い頃とは当然同じである筈はありません。されどさほど衰えも見せてはおりません。事実です。

さて、ここら辺から武勇伝に入ります。実は先日独り息子の竜から電話があり、問:『体調はどうですか。稽古も変わらず続けていますか』と問われ何か労られているのかと、少し不愉快になりながらも答:『当然!まだまだ昔を語るような状態にはほど遠いよ』と申しますと、問:『まさか一般の黒帯相手に組み手はしてないでしょうネ』答:『やってるよ。相手を選んでね』と遠慮気味に答えますと『それは大きな間違いです。相手が大きな迷惑をしていることを自覚して下さい』と言うのです。自惚れて幸せな解釈をすれば、自分勝手に選んだ手頃な相手を痛めつけるような事はやめた方が良いともとれるのですが、さに非ず。相手が手加減している事を承知してくださいよ。と言う警告だったのです。更にもう一つ、いつぞや渋谷で悪ガキさんに喧嘩を売られてしまったのです。買う気は更々なかったのですが、成り行き上買ってしまいました。共に歩いていた人に良い所を見せようとは既に思う歳では無く、またそんなよこしまな考えも有った訳ではありませんので念のため。 一触即発は喧嘩の常ですが、何とその悪ガキさんが構えるでは有りませんか。 構えられたとたん自動的にスイッチがオンされてしまったようで、まるで道場組手の様な流れになりました。指導者が良いのか非常に基本に叶った動をしており次のパターンが憶測通りに展開するのです。

上段へのきざみ突きに合わせ左の膝ゲリが横腹を襲って来ました。 それを右の掌で大きく左に流し相手の背が自分に向いた瞬間右腕を首に搦め力いっぱい締め上げたのです。 ギシギシと言う骨の軋む音がしました。とたんに腕に重みがかかって来ました。それは反撃の圧力ではなく体重だったのです。落ちた訳です。 容赦なく硬い道路に尻から落としました。そのショックで目覚めたのでしょう寝起きのボケた顔で人を見つめていましたが何がおきたのかを判断するまで回復していないと見極め即刻その場を立ち去りました。息子は僕からの報告を電話で受けると即、『やめて下さい。勘違いも甚だしい。今回は単にラッキーだっただけで、間違えば俺は親の仇を探し 日本中回らなくてはならなくなるじゃーないですか』
ガーン!息子は親父を信じてない。それに引き換え老妻の僕に対する信頼は絶大なものなのです。

聞いて下さい昨年、家族での食事会の後どう言う行き掛りか僕と老妻の二人になり、自宅への道をお互いほろ酔い加減で歩いていました。するといきなり老妻が若者と口論を始めたのです。怒りながら老妻は僕の側に来て『ハイ!』と言いながら両手で僕の眼鏡を受け取る仕草をするのです。すなわち”ヤレ”と言う事です。そこで若者に目をやりますと大柄で可愛げのない奴でした。当然な流れからその場は一瞬に修羅場と化し、僕の蹴りと突きが相手の急所に吸い込まれ、瞬時に路上に叩き伏せる。それが老妻の描いた映像なのです。が、然し僕も齢60を超した今、かりそめにも暴力沙汰に及んでは世間からの誹りは避けられないところです。そこで僕が相手に恵み与えたチャンスは、どれほど自分が大きな間違いをしたかを恫喝を交え言い聞かせ、結果相手を路上に叩き伏せる変わり老妻に謝罪の土下座を申し出て来ました。が、例え無礼な若者であろうと男一匹土下座させるような不人情はできません。謝罪の心が本当であればそれで結構。早く行きなさいと促し一件落着しました。そこで事件を聞き付け、飲み会から馳せ参じた道場の師範代が非常に残念がっておりましたが息子同様、もしかしたら僕の実力を懸念して居たのかなぁ?だから駆け付けたのだろうか?とマイナーな思いが頭をよぎったのです。確かに今の僕からスピード.タイミングは衰えたが、道場で 100キロを軽々とプレスする男も僕のこなすウエイトのルーティーンのレップ回数にはついて来れる者達は現在おりません。これも事実です。

現在、僕の体格は身長163センチてい度で60才を超えた辺から体重が75キロに達しました。それを短期間の5ケ月で62キロに落としたのですが、現在少しオーバーし64キロになっております。

さて、ここいらで僕自身と愚妻の話しは終わり愚息竜のお話を致しましょう。
極真会館松井館長の下、一時期選手として活躍しておりました。今も尚極真会館において頂いております。選手時代の実績は運良く華の有る者として残りましたが、実際の愚息で脅かされる事実が試合場意外にもあるのです。まだ愚息が大学生の修行時代、地元が福生に近い為遊び場にはアメリカの兵隊も多くいます。丁度愚息が友人と二人で遊びに出た晩、あまり素行の良く無い酔ったアメリカ兵と関わり、喧嘩へと発展しました。相手は白人に黒人、合わせて4ー5人いたそうですが、すでに相手は臨戦態勢に入り抜き差しならない時、一人が先ずナイフを抜き、斬りかかって来るのに対し愚かな息子は拍子を合わせる足裁きから切り掛かる間を測り左の上段回し蹴りをしたたか顔面に蹴り込んだのです。立ち会った友達も試合では何度も見た技でしたが、正に命のやり取りの場で見るとなると大変な迫力だったそうです。その友達とは僕の古い弟子なのです。その事実を10年以上も隠し、もう時候と僕に告白した訳です。怖い話しです。間違えば大事件になるか命を落としたかも知れないのです。その事はその弟子にも充分説諭しましたが、同時に愚息竜の手練を誉れに思う部分も僕にある事は否めませんでした。
反省!

一つ良い話しがあります。嘗て極真会館を担った”数見肇”と言うチャンピオンがいました。その男が竜に『俺、今でも親父に勝てると思わない』と言うのだそうです。それを聞き、どう理解して良いかしばらく考えた竜が、『組手では言うまでもなく俺は親父に負けない。しかし喧嘩は別だと思う。今親父と喧嘩をしてやはり勝てるとは思わない。何故なら親父に手を出す事は出来ない。と言うことは勝てないのと同じだよね』終わり。

さて次に来るのは娘達ですが、孫娘を合わせ3人の娘達に施して来ました教育は女性用ではなく男のものです。女性には『妻をめとらば才長けて、見目麗しく情けあり』と教育すべき所、我が家では『女性は賢く、見た目以上に実力を有し、優しくあれ』と言うものです。娘達はすでに大きく峠を越えておりますのでまだ期待が持てます孫娘に話題を絞ります。丁度孫娘が4年生の時、少年部の組手の時間に運悪くアメリカ人の女の子で同級生ですが頭一つ大きい娘と対戦しました。パワーが違い押しまくられておりましたが最期まで耐え、ヤメー!の声がかかると即時計の所へ行き、係をやっておりました。人には顔を見せず、壁に向かっておりましたので『やられたなぁ。泣いているのか』と問いますとオジーちゃまの孫じゃ泣けないよ。と言うのです。あんな子娘にも張らなければならない見栄があるのかも知れません。そんな孫娘が私の長女で彼女の母親を称して言った言葉があります。『オジーちゃま、こないだね、ママが車を運転していて男の人と喧嘩したの。その人達は二人いたの。どうするのかなーって見てたら凄い勢いで怒って相手を謝らせたの。ママ、ボブサップみたく強かったよ』それでは女性では無く”子連れ狼”です。孫は大五郎と言う所でしょうか。因に学校では”男を泣かす女”と異名をとっていると威張っております。

今回は自分と身内のお話で終始しましたが、次回は弟子の逸話を武士道かコラムに載せようと思っております。
2008年9月  塾長 成嶋弘毅 




 
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