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『自由と道徳と秩序』

世の中は10年を一つの境に変わると云います。従って50年も経つと色々と変わるものです。猫が鼠を見て逃げたり、屋根から落ちて死んだりするのです。食べ物も変わりました。淡白原として食べていた鼠など食べるわけもなく美味しいキャットフードを食べ今やメタボキャットになっています。昔は犬は残りご飯に味噌汁をブッ掛けたのもが定番だったり、猫はネコまんまと云い残りご飯に鰹ぶしをまぶしたものでした。

だけど変わったのは犬猫だけではありません。人間も変わってしまったようです。カッコ良さとかダンディズムの価値観が昔とは違うようです。昔の学生や青少年は厳しさの中にも少しの間違いなら学生が故に許されると云う期待されている者の特権もあったように感じます。
期待を担った者は常にカッコ良さも備えており、期待に応えるための努力もしていたのです。男性は心身ともに力強く清潔で公平であり、女性は清楚で操を重んじることを旨として生き、それがカッコ良いことであったのですが、今はそのような生き方は流行りません。カッコ良くないのです。
我慢と云う犠牲を払い、期待されるよりも誉められなくても自由に生きる方が楽しいからです。極端に云えば衣食住が保証されるならば犬猫のように寝たい時に寝て、食べたい時に食べるペット的生き方が一番楽だからでしょう。そう言う生活が許されても罰せられる社会は今の日本にはなくなってしまったのです。

ここで外国人を引き合いに出させて頂きます。昔は特に先進国である欧米からの外人は何年日本にいても”コンニチワ”程度の日本語しか使いませんでしたが、最近では驚くほどに日本語の上手な外人が増えました。このように外人も変わったのです。ある時公衆の交通機関である電車のでイチャイチャ、タッチタッチ、チュウチュウを他の乗客にはばからずやっていた若い男女に、見かねた外人が”チョットー。イイカゲンニシナヨー”と云ったのです。昔、日本人は人前で抱擁し合いキッスなんかをするのは外人だけだと思っていたものです。それが今はその外人に注意されるまでに進化してしまったのです。欧米人に言わせますと彼らの抱擁はHug(ハグ=祝福や好意を示す行為)でありKissは親愛を現すもので性的目的で行うものではないと云います。しかし問題の男女は目に写る限り性的行為そのものだったのでしょう。露骨な表現をするならば、女性は目が潤み男性は興奮を示すギラギラとする眼差しなのです。それは正に”さかり”が付いた犬猫が行う行為そのものではないでしょうか。昔は”畜生にも劣る”と云う表現がありましたが今やその言葉は死語になってしまったようです。人間は畜生並みに堕ち、犬猫は人間の地位までに昇り詰めたのでしょうか。それでも自由でありばカッコ良いのでしょうか。犯罪ではありますがお金を目的に男女が性行為を他人に見せるならばまだ理解出来ないこともありませんが、ただ性的欲求に耐え難く見せた醜態であれば畜生にも劣る行いです。人にして人にあらず、人非人に他なりません。
カッコ悪い極めであり、それを罰することもなく容認する我々も真剣に考えずには居られません。期待されなくても自由さえ奪われなければ良いではカッコ悪過ぎます。

またこんなことも度々見かけるのですが、何処から見ても病人けが人には見え難い若者が、混雑した電車で優先席に悠然と座り膝にバッグを置き居眠りを始めたのです。如何にこれからの日本を担う若者と誉められることを求めておらず疲れ切っていたとしても優先席は年寄りや幼児を無視して座れる席ではないことを知る常識だけはカッコ悪くっても持つべきではないでしょうか。

お隣の韓国の方に今の韓国も若者に同様な傾向は見られるのでしょうか?と尋ねますとそれはあり得ないし、万一あったならば周囲がそれを許さないだろうと答えていました。期待も遠慮するしアドバンテージも求めない代わり自由にすると云うのが多くの若者の考えかも知れませんが、自由と勝手とは違うことも理解しなければならない問題でしょう。
現在の日本人は自由を認められていますが、法律で罰せられなければ何をしても良いわけではない事実を知って欲しいものです。

塾長 成嶋弘毅 




 
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